「あんま見てっと首痛くなんぞ」
ついでに口も開いてる、間抜けか。からかうような笑い声と遠慮のないツッコミに急いで口を閉じた。
「いや……こんな大きいとは思ってなくて、さすがに」
設計図を見たところで狭い世界しか知らなかった私の想像力ではたかが知れているというもので、完成を目前に控えた機帆船には聳え立つ建物のような威圧感がある。
「ほんとにできるんだ」
別に疑ってたわけじゃない。千空にも散々「できるかどうかじゃなくてやるしかねーんだよ」と口すっぱく言われてきた。
面倒だなぁと思ってたはずなのに、千空もその周りの人間も立ち止まるのを許してはくれなかった。引っ張られて背中を押されて歩き疲れたら運ばれて。こんな荷物は捨てておけばもっと速く進めるのに。そんなつまんない嫌味も笑い飛ばされて気が付いたら一緒にここまで転がってた。
思えば遠くまで来てしまった。しかし船の完成はゴールではない。危うく忘れるところだった。今は横に立ってる千空だってこれからもっともっと遠くに行ってしまうというのに。
「まぁ、私はほとんど造ってないけど」
なにせ造船現場に来たのは1ヶ月ぶりで、ここではなく村での仕事に手を挙げたのも他でもない自分だ。
「何も大物組み立てるだけが仕事じゃねえよ」
「分かってるって」
励まし下手の千空に変なフォロー入れられても。
彼と直接口を聞くのも久し振りだ。電話での連絡は仕事としてほぼ毎日していたけれど。
だからこそこうして近くにいられると何を喋ったら良いのか分からない。千空もそうかもしれなかった。せめてもう一人くらい隣にいたら。例えば、お喋りなゲンとか。
「……ちゃんと眠れてたか」
「それなりに」
「そうかよ」
今日は良い天気ですね。みたいなぎこちない会話だ。
でも、そんなやり取りこそ千空と私にとってはまあまあ意味のあるものだったりする。
言葉通り、それなりに眠れるようになったのは数ヶ月前から、徐々にだ。
「んな急激に寝付きがよくなる程こき使った覚えも無えがな」
「はぁ、どの口が言うんだか」
「テメーが先だろ。俺にこき使われ過ぎて眠れないなんて言ってもいられないつったよな?」
「そうだっけ」
そうか、言ったかもしれない。だけどそれは半分ホントで半分ウソだ。船を見た私の反応にさっきから随分とご満悦な千空に、今なら言ってやっても良いのかもしれない。
「大変だったのは本当だけど。でも役目があるうちはここにいても良いんだって思えたから」
千空にはそりゃもう容赦なくしごかれた。でもいつの間にかそれが理由になった。それは、私が何千年も前からずっと見失っていたものだった。
「夜が明けるのは怖くないって分かったから、だから大丈夫だった」
言葉にすると、重い。一生言わなくたって構わなかったけど、言ってしまった。千空も黙ってないでそろそろなんとか言ってくれたら良いのに。いつもみたいに「労働力はいくらあっても困らねえからな」と意地悪く笑って流してくれればそれで済むのだ。
「なぁ、」
「なに」
「好きだ。つったら、困るか」
「…………はい?」
好きだ。……何が?
思わず周囲に誰かいないか確認してしまった。しかし何度見渡してもここには千空と私しかいない。
でも、ここに立ってるのは偽物の千空で、実は後ろに本物が潜んでいて今の言葉もドッキリ的なものだった、とか。
「ほーーん、成る程なそういう反応か」
「いや困るっていうか……え、ほんとに何」
「見てみたかっただけだ、テメーがどんなツラすんのかってのをな」
いやどんなツラだ、私、今。
一緒に船を見上げていたはずなのに、千空の観察対象は自惚れでもなんでもなく明らかに私である。
「その、好きって……どうするの、そんで。これから」
「あ?どうするって、どうもしねえ。変わんねえよ何も」
「……だよね」
千空の口から出た嘘みたいな言葉はどうやら嘘ではないらしく、だからと言って私に特別何かを要求してる程のことでもないらしい。正直ホッとした。
「変わりたかったか」
「全然。私、会わない人の顔半年くらいで忘れるから」
「ったく、そういう女だよな名前テメーはよ」
千空はこの大船に乗る人間で、私はきっと乗らない人間。
好きって、別に四六時中一緒にいようとか分かりやすく確かめようとかそういうものでもない。あくまで私と千空にとっては、だけど。
「そういうこと。だから忘れないうちに戻ってきてよ、皆でさあ」
「ああ。……そうだな」
珍しく素直に肯定した千空を見たら、やっぱり今ここにいるのは私だけで良かったのかもしれないと、少しだけ邪なことを考えた。
2021.2.18
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